たったひとつの冴えたやりかた -ジェイムズ・ジュニア・ティプトリー

tie_gm2006-12-11

アメリカの女性SF作家の、その晩年に書かれた短編集。
ティプトリーと言えば「男性名で作家活動を続けた覆面作家」としてSF界では有名*1な作家だが、その遍歴は驚くべきものがある。波乱万丈という言葉を、まるで体現しているかのような人生。
その説明はウィキペディアに任せるとして以下に本書の雑感を。


ティプトリーの作品と言えば今まで短編集「愛はさだめ、さだめは死」*2をかじっただけであったが、そのあまりのぶっ飛んだSF感に面食らった記憶がある。実に先鋭的、野心的、革新的、実験的な作家だな、とその感想で落ち着いたわけだが、本書を一読してそこに新しい感想が追加された。なんというか、こう…暖かいな、と。


本書は三つの短編から成り立っている。
三作に共通している点としては「情緒的で」「楽しく」「同時に物憂げな」「(古き、は付かない)よきスペースオペラ」であろう。純粋なスペースオペラというのも久しく読んでおらず、デヴィット・プリンの「スタータイド・ライジング」以来ではないかというスペオペ特有のワクワク感を味わえた。
まさかこんなにもトゲの無い作品だとは思わず、今まで敬遠していたのが惜しいくらいだ。

そしてハヤカワSF文庫としては非常に珍しく、本書には挿絵がある。しかも少女漫画家である川原由美子のものだ。少女漫画のタッチが実に無いようにマッチしていて、いかにもレトロな感じのメカ描写も雰囲気が出ていていい。本音を言えば、同じ少女漫画家でもSFに造詣が深い萩尾望都に描いて欲しかったと思わなくも無いが……。


以下に作品ごとの感想。
たったひとつの冴えたやりかた
表題作。はねっかえりの天才少女コーティーとエイリアン・シロベーンとのファーストコンタクトもの。
恐らくは感動的な話であり、その部分への評価は非常にネット上でも高い。正直なところ、評価ほどはあまり感動の衝撃は受けなかったというのがスレてしまった自分の悲しいところではある。ただ、ジュブナイル的冒険、ホラーちっくな探検、驚くべき異星人の造詣、その交流は実にテンポよく面白い。
最後の最後にコーティーが下した一見突拍子の無いような『たったひとつの冴えたやりかた』が、それまでの話の中で丁寧に人物を描いてきたために違和感なく受け入れられたのは素晴らしい。
安直な属性記号が乱舞する少女が出てくる作品ばかり最近は読んできた身には、コーティーの昔ながらの少女漫画的造詣が新鮮だったりもする。
ちなみにSFマガジンによる98年度オールタイムベストSF海外短編部門の第1位に選ばれた作品である。(長編一位は、確かいつも通り『夏への扉』)


『グッドナイト・スウィートハーツ』
よくぞここまで微妙な男の心理を描けたものだ、と驚嘆するような作品。一人の男と、宇宙のならずものたちと二人の美女の物語。
実に悔しいことに、この作品における『たったひとつの冴えたやりかた』の選択肢で、主人公がどちらを選んだのかが分からなかったということだ。読者が自分で選べということか。人生を。


『衝突』
二つの全く異なる文明圏同士のファーストコンタクトもの。タイムスケールも話のスケールも三作の中では一番大きい。
異星人の描写もさることながら、巨大な文明圏の衝突が今にも起きそうなピリピリとした状況の中、最善の行動を尽くす人々の行動が素晴らしい。艦長の、異星人へ投げかけるたどたどしい異星人語の説得(演説?)がとんでもなくかっこいい。思わず胸にきた。この一連の文章を読むことが、この本の価値であるとか思ったりもする。
一番楽しめた。


65点。

*1:SF作家であるシオドア・スタージョンが当時、「ジェイムズ・ティプトリー・Jrを別とすれば、最近のマシなSF作家は女性ばかりだ」という発言をしていた。

*2:これの解説にある彼女の遍歴紹介が実に楽しい。