狗神 - 坂東真砂子

狗神 (角川文庫)

狗神 (角川文庫)

民間伝承好きのid:sud_maから借りてみた。
坂東真砂子――ちょっと前にアレな記事で有名になった作家――の怪奇伝記小説。
田舎で死人のように生きることに疑問を抱いてきた、傷のある過去を抱える41歳の女が、都会から来た若い男と恋に落ち、同時に村では「狗神」にまつわる怪奇現象が起き始める……

粗筋だけ見ると、回れ右したくなるようなほど嗜好ベクトルが違うのだが、借りた以上は読む。



作品全体を通して読者の感情に訴えるもの。それはおそらく恐怖ではないか、と読後に思う。
主人公が、つらい過去を乗り越えて、ようやく手に入れかけた幸せが壊されそうになる恐怖。
村人の「狗神」への恐怖。
主人公の母親の狗神への盲信と、それゆえの恐怖。
そして、主人公たちが村人に迫害される恐怖。
この恐怖がストレートに伝わってくる上に、方言が効いた会話や田舎特有の「ご近所」「村八分」「言い伝え」等がとても上手い味を出しているため、読中はすんなりと田舎の世界に没頭できた。
これに類する小説を他にあまり読んだことがないので分からないのだが、多分、かなりいい味を出している文章だとは思える。閉鎖的な田舎特有の"ドロドロとした"部分に関しては、その……絶対に好きになれることはないという再確認が出来たのでもうけもの。怖いし、悲しくなる。


描写的にはいい味で楽しめたとは思うものの、いくつか残念な点があるのがもどかしい。
・序盤から中盤にかけて、主人公に降りかかる数々の不幸や悲しみが次々と累積して、そして累積したまま終わってしまったため、個人的に読書のカタルシスというものを味わえなかったことがまず一点。もうちょっとなんとかならなかったのかな。その晴れない想いを憂う楽しみを得るにしても、下記の理由が邪魔をしてしまう。
・最後の墓から何かが出てくる部分が本当に蛇足的に感じる。あれさえなければ、全ての怪奇現象が"不確定"*1という箱に閉じ込められたというのに。
・何より、41歳と20代の青年の恋というものが(ストーリー設定という意味ではなく)話に必然性を感じさせる描写でなかったためどうしても最後まで違和感が晴れなかったということが残念。


描き方は丁寧で美しく読み易いが、構成に難があるため読後感が悪い物語。というのが全体の感想である。


55点。

*1:本当に狗神なんていたのか? 全部主人公の与太話ではないのか?