銀河博物誌1 ピニェルの振り子 - 野尻胞介

表紙はヒロイン

*1

珍しい昆虫や虫、動物や植物を収集し分類し記載する、いわゆる博物学が全盛だったのは19世紀の世だったという。
当時、英国貴族の中の蒐集家は競ってそういった珍しいものを標本商から買い上げ、標本商は世界中に採集人を置き、彼らは様々な希少生物を取り集めた。

そういった人間たちが、19世紀の価値観と行動理念を持った人間たちが別の星系に運ばれ、宇宙航行のテクノロジーを与えられたら。
果たして人間はどのような行動を取るのだろうか?


「ロビンソンクルーソー」「神秘の島」「海底二万海里」「地底旅行」……当時小学生だった私は、そういった”古きよき時代”の冒険物語をむさぼるように読んだものだ。
光届かぬ闇の洞窟を照らすランタン、岩を叩いて鉱石を採集するためのハンマー、奇怪な生物を拡大して見るためのルーペ。冒険には欠かせない道具たち。ナイフ、ロープ、方位磁石。豊富な知識を持つ老練な博士。世に怖いものなどない、夢見る少年。勇ましい声を上げて嵐を潜り抜ける歴戦の船員。冷静沈着な艦長。マイル、ヤード、インチ。ヤニくさい木で作られた船底の一室で、暗いランタンの明かりに照らされる一枚の古い羊皮紙。そこに描かれた太古の秘宝。川を下るならば木を切り筏を作り、寝床がなければ木や石で家を築き、まだ人間が見果てぬ地を目指し、そこで目にする神秘に体を震わせる。


そういった「空気」が。世界は神秘に満ちており、そしてそれを探求する人間たちの物語の空気が、この作品に漂っている。
舞台は、宇宙。もうたまらない。最高だ。
まさかこの年になって、敬愛するSF作家からそのような空気を再び味あわせてもらう機会にめぐり合えたとは。


本書の作家・野尻抱介は「太陽の簒奪者」や「ロケットガール」、「クレギオン」シリーズ等で有名なSF作家。ハードSFを基調としながら、ライトノベルの精神を理解している文体は多大な評価を得ている。
その作者が、昆虫採集や鉱物採集、天体観測、そしてなによりSFなどの自分の趣味を全開にして書いたと思われるのがこのピニェルの振り子。


ライトノベルの様相を呈していながら、その根底にあるものは驚くほど立派なハードSF。新たな惑星一つと、それを取り巻く生態系を斬新な形でもって(コアなファンに楽しんでもらえるように)描くには相当な努力とセンスオブワンダーが必要だと考えるのだが、見事にこの作者はそれを成し遂げたと自分の中では断言できる。偽りの無い設定と物理法則に則った堅実な基盤の物語は、荒唐に見える物語に一本の筋を通す。
漂う雰囲気は上記のそれ。舞台は遠い宇宙の銀河の彼方。キャストは好奇心の塊の少年、天才画工少女、博識な標本商の青年、そして蒐集家の狂人貴族。演じるは人間の知恵の挑戦と神秘の探求。


冒頭、プロローグの最初の一文が秀逸。目に入ると同時に、「これは凄い作品だ」という予感が頭に浮かんだ。
結果として、その予感を超えた感想となった。「これは楽しく、そして素晴らしい傑作だ」


続刊が待たれるが、なかなか新しい博物誌は読者の前に開かれない。
しかし、もう6年も待ったのだ。この本を何度も味わいながらもう6年くらいは待とうではないか。

85点。

*1:この本の画像データがAMAZONに登録されていない悲劇…仕方ないのでダイアリー画像で表示。