MOONLIGHT MILE(〜12)

MOONLIGHT MILE 12 (ビッグコミックス)

MOONLIGHT MILE 12 (ビッグコミックス)

自分の中の定義として、狭義の意味での”SF”というものは”ハードSF”という分類になっている。
すなわち、「作品の根底、世界観の基礎にあるものが科学的・理論的な要素でありかつ物語として破綻していないもの」がSFである。簡単に言えば、著者が作品の中枢に科学設定やガジェット(小道具・大道具)を据えているか否かという区別。
別の言い方をするとその設定が無ければ作品が成り立たず、他の代替手段が取れないという場合を指す。

つまり、「ARIA」はSFではなく。(物語の舞台は都会から離れた田舎のスローライフ、そしてノスタルジックと少々のファンタジックを表現できれば別に火星でなくてもいい。)

スターウォーズ」もSFではない。(物語全体の舞台をどこかの惑星や中世ファンタジー話に置き換えても、勧善懲悪・帝国とジェダイの系譜戦争の本質は変わらない。)

銀河英雄伝説」も全くSFとは異なる。(舞台を現代に移そうが、どこかの星に移そうが、科学的要素が一切でなくても話(民主主義VS専制君主帝国主義?)、英雄譚、戦争)が成立する。そうでなくても話の魅力の内にあえて遠い宇宙を選択する必然性がかなり薄い。)

逆に「楽園の泉」は完全なSFである。(物語の中心である軌道エレベータ建設は、その作動原理や建設方法・過程を詳細に述べること自体が物語の主流であるので、例えば軌道エレベータを”巨大ピラミッド建設”や”万里の長城建設”に置き換えても結局話のベースになるものは科学的設定の論述になるからである。)

細かく分けて意味あるの?と聞かれて答えてもどうせ「日本人はジャンル分けが好きな民族。排他的あるいは選民的思想にも繋がる独占意欲。ユニークでありたい自分。」といったありきたりの理由しか出てこないのだろうが、このSFというジャンルに関してはどうしてもキッチリしたいという思惑が働く。

さて、世間で使われている広義の意味でのSFは”サイエンス・フィクション”という言葉を大きく捉え過ぎている節があり、かなりの作品がこの分野に属する。
故・不二子・F・不二夫の著書”SFシリーズ”においては、SFの意味を”少し不思議な物語”としていたが、なるほど現在のSFの捉え方はこれに近いものがある。UFOやネッシーや科学では解明できない(合理・不合は理関係ない)超自然現象が起きる話(幽霊とか魔法とか)とかレーザーとかビームとか、とにかく現実生活とはかけ離れた何かが作品に含まれていたらそれはSFと見なされる節がある。
取り方によっては、何だってSFと銘をうてる可能性がある。学園物とかファンタジーものなどと言われるライトノベルも、きっと多くが広義の意味でSFとなっている。

さて、このことを踏まえた上でようやく本題の感想に入れる。


本作はとても読みがいのある「ドラマ」である。12巻まで読んだ感想は、である。


…この作品は基本的に生粋のSFファン・航空宇宙技術に詳しい者からはぼろぼろにけなされる節がある。
(雰囲気で)リアルを謳っている作品なのにも関わらず、あまりにも科学的設定がお粗末だからだ。
「大気圏に近づきすぎるとおっこちて燃えてしまう」のぼんやりとした概念で描いたのか、地球低周回軌道(くらいだと思う)でのツッコみどころ満載救出劇、「自分の船のコンピュータが壊れたから敵の船から部品を奪って修理する」という時代錯誤が過ぎる話も然り、月面開発関係でも目を覆わんばかりの設定が見える。大して知識のない私でさえそう感じる程なのだから、専門家から見たら唖然としてしまうのかもしれない。
こういった科学技術を描く作品において、その設定を作中で言及してしまうことはかなりの冒険なのだ(プラネテスも、この作品ばりに設定を細かく述べていたらどれだけ非難が起きたことか……)

初期の頃、この漫画は「近未来プロジェクトXのような宇宙開発物語」だったのだが、8,9巻辺りよりフィクション色のかなり強いヒューマンドラマへと変わった。かなり顕著に。
初期の頃の展開では、確かに科学的設定が全面的に押し出されていたのでその設定の胡散臭さやお粗末さが鼻についてしまうのは否めないのだが、最近のヒューマンドラマ展開では主眼が「科学」から「人間」に移ったため、大して気にもならなくなる。

そしてそのヒューマンドラマが面白い。
覇権国家たるアメリカに対して、日本が立ち向かう」という基本構図は日本人の反骨精神に触れるものではあるが、同時に仮想敵国としてのアメリカがあまりにも露骨に覇権国家として描かれすぎていていささかやりすぎな面はあるものの「家族の死に目に会うことが出来ない宇宙飛行士の悲哀」や「技術者としての誇りと孤独」、「徹底的に対立してしまう親友二人」といったテーマが重く心に響く。
物語の展開や絵そのものは抜群に面白く、ある意味そういった「安っぽいテーマ」も安っぽく見せない・面白く見せるほどの力量が感じられる。(でも初期の頃のエロシーンは絶対に読者を拒絶したと思う。)

科学設定が話の中核になっていながら、そこがお粗末過ぎる作品(SFの名を冠せない作品)は基本的に嫌いなはずなのだが、上記の理由により大分この作品は私の中では好ましい。こうやってダブルスタンダードを自分の中で持ち出しているあたり、自分の論理的思考能力とやらに問題を感じるわけだが…それもいいか、と思う楽しさがこの作品にはある。
本を読んで「この作者の別の作品を読んで見たい」と思えるかどうかが自分の中では作品の質のしきい値となっているが、もちろんこの作品は「太田垣康男の別の作品も読んでみたい。」

「白雪姫のお告げかな…あそこに行きたくなった!」
「いいねぇ…!宇宙に限りはないからな…!」

65点。